1972年、辰巳芳子さんの父が脳血栓で倒れました。うまく飲み込めなくなった父のために、彼女は母と二人で毎日スープを作り、病院へ運び続けます。
そのスープが、のちに「いのちのスープ」と呼ばれ、彼女の一生の仕事になりました。今日はその辰巳さんの『あなたのために いのちを支えるスープ』を入り口に、食べること、そして選ぶことについて考えてみます。
辰巳芳子さんという人
辰巳芳子さんは1924年、東京の生まれです。母は「きょうの料理」の講師も務めた料理研究家の草分け・辰巳浜子さん。その母のもとで家庭料理を叩き込まれながら、フランス・イタリア・スペインの料理も学びました。
転機は、先ほどの父の介護でした。飲み込む力を失った父に、どうすれば滋養を届けられるか。試行錯誤の末にたどり着いたのが、素材のいのちを移したスープだったのです。
70歳の誕生日には「良い食材を伝える会」を立ち上げ、子どもたちに在来種の大豆を育てさせる「大豆100粒運動」も始めます。鎌倉の自宅で開く「スープの会」は20年以上続きました。その歩みは映画『天のしずく』にも記録され、2024年に100歳を迎えた今も、彼女は現役です。
『あなたのために』という本
この本は2002年に文化出版局から出た、スープと出汁のレシピ集です。ただ、ふつうの料理書とはずいぶん手ざわりが違います。
離乳食から始まり、日々の食卓、病を得た人の食、そして人生の最期まで。生きるそれぞれの段階に必要なスープが、素材と手法の組み合わせとして体系的に示されているのです。レシピの本というより、食べることで人をどう支えるかを説いた思想の本に近い、と僕は感じました。
食は呼吸と等しく、命の仕組みに組み込まれている
辰巳芳子(『TOKYO人権』第35号 インタビュー)食べることを、栄養の補給や一日三回の作業だと思っていると、この一言はなかなか出てきません。呼吸と同じ——つまり、生きていることそのものと分かちがたい営みだ、という捉え方です。
そう考えると、毎日の食材を選ぶことも、鍋やお椀を選ぶことも、「ついで」の家事ではなくなります。息を吸うのと同じくらい当たり前に繰り返すことだからこそ、少しだけ良いものを、と手をかける意味がある。辰巳さんの言葉を読むと、台所に立つ時間の意味が一段変わります。
生きていきやすいということは、一つの権利ですよ。スープっていうのは一生を通しての、生きていきやすい食べ方なんです。
辰巳芳子(『TOKYO人権』第35号 インタビュー)「がんばって食べる」ではなく「生きていきやすく食べる」。この差は大きいと思います。
僕たちはつい、健康のために我慢して食べたり、時間がないからと胃に流し込んだりします。でも辰巳さんは、無理なく生きていける食べ方を持つことを「権利」だと言い切る。日々の台所仕事や、自分に合った道具を選ぶことも、義務ではなく、自分をよく生かすための権利なんだ——そう受け取ると、台所に向かう気持ちが変わります。
旬とは、10日ごとに、季節のうつろいを敏感に感じ取り、その変化に合わせるよう、細やかに配慮をして生きてきた証明のようなもの
辰巳芳子(クロワッサン オンライン インタビュー)旬のものを選ぶ、と口では言いますが、辰巳さんの旬はもっと細かい。十日きざみで移る季節に気づき、それに合わせて暮らしを整えてきた「証明」だ、というのです。
スーパーに一年中同じ野菜が並ぶ今、僕たちは季節に気づかなくても生きていけます。だからこそ、今いちばんおいしいものを選び取る目は、放っておくと鈍っていく。旬を選ぶことは、季節に対して手をかけ続けているという、暮らしの証しなのだと思います。
選ぶ、ということ
いのちって、皆さんが考えていらっしゃる以上に、よりよく在ることを望むものなの。
辰巳芳子(クロワッサン オンライン インタビュー)この一言が、僕にはいちばん残りました。いのちは、ただ生き延びるだけでなく、「よりよく在ろう」とする力を最初から持っている——。
だとすれば、食材でも道具でも、何かを選ぶときの基準は「安いか」「便利か」だけではないはずです。それが自分の「よりよく在ろうとする力」を支えるものか。辰巳芳子さんの一杯のスープは、そういう問いを、いちばん身近な食卓から差し出しています。

次回は、九十八歳まで書き、恋し、装い続けた作家・宇野千代さんの『生きて行く私』を取り上げます。

