白洲正子『日本のたくみ』|目利きが追いかけた、名もなき職人の手

骨董と能の目利きとして知られる白洲正子さんが、骨董を語るより先に追いかけたもの。それは、扇を張る職人や石を積む職人といった、名もなき「手」でした。

今日はその白洲正子さんの『日本のたくみ』を入り口に、ものを見る目と、手仕事の値打ちについて考えてみます。

白洲正子さんという人

白洲正子さんは1910年、伯爵・樺山愛輔の娘として東京に生まれました。四歳から能を習い、十四歳のときには、当時女人禁制だった能楽堂の舞台に、女性として初めて立っています。のちに白洲次郎さんの妻となりました。

彼女が骨董の世界に入ったのは戦後、小林秀雄や青山二郎と親しくなってからです。最初に買ったのは、日本橋の骨董店で一目惚れした紅志野の香炉。月賦で手に入れたそれを青山二郎に見せると、「何だこんなもの、夢二じゃないか」とにべもなく言われたそうです。

以後も、買うものを片っ端から酷評され、彼女は幾度も涙をこぼし、三度も胃潰瘍になったと自分で書いています。それでも物おじせず買い進める思い切りのよさを買われ、青山からは「韋駄天」というあだ名をもらいました。この厳しい鍛えられ方のなかで、白洲正子さんの目は磨かれていったのです。

『日本のたくみ』という本

この本は、白洲正子さんが1979年から『芸術新潮』に連載した紀行随筆を、一冊にまとめたものです。全18章、扱う手仕事は驚くほど幅広い。

扇職人の中村清兄さん、草木染めの志村ふくみさん、比叡山の石垣を積んだ穴太衆、伊賀焼の陶工・福森雅武さん、花人の川瀬敏郎さん、精進料理を作る月心寺の尼僧まで。彼女は各地の作り手を実際に訪ね、その技術だけでなく、暮らしぶりや人柄まで書きとめました。読んでいると、白洲正子さんがどんな目で人とものを見ていたかが、そのまま伝わってきます。

「手」を見る、ということ

白洲正子さんが惹かれたのは、出来上がった品の華やかさよりも、それを生み出す「手」のほうでした。石を積む手、扇を張る手。名もない仕事のなかにこそ、いちばんの美しさがある、と彼女は考えていたのだと思います。

今、僕たちがものを選ぶときも、じつは同じことが言えます。ブランドの名前や値段という表側ではなく、これは誰が、どんな手で作ったものだろう、と一度想像してみる。それだけで、同じ品でも見え方が変わってきます。手が見えるものは、たいてい長く使えます。

目利きは、痛い目から育つ

面白いのは、あれほどの目利きだった白洲正子さんが、最初から目が利いたわけではなかったことです。酷評され、泣いて、胃を痛めながら、それでも見続けた。目は、褒められて育つのではなく、恥をかきながら育つ。彼女の来歴は、そのことを教えてくれます。

ものを選ぶ目も、きっと同じです。たくさん見て、ときどき失敗して、少しずつ育っていく。白洲正子さんの一冊は、いちばん厳しい目で鍛えられた人が、名もなき手仕事に、あらためて頭を下げた記録なのだと思います。

白洲正子『日本のたくみ』(新潮文庫)
白洲正子『日本のたくみ』(新潮文庫) 書影
白洲正子が雑誌『芸術新潮』に連載した紀行随筆をまとめた一冊(1981年刊、新潮文庫は1984年)。扇職人、草木染めの染織家、穴太衆の石積み、伊賀焼の陶工、精進料理の尼僧まで、日本各地の作り手を全18章にわたって訪ね歩く。技術や由緒だけでなく、その人の暮らしぶりや人柄まで描き出す、白洲の目そのものが宿った随筆集。
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次回は、仏教への傾倒と奔放な生き方で知られる作家・岡本かの子さんを取り上げます。

本を選ぶ目と、道具を選ぶ目は、地続きです。
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