気づけば通勤電車でスマホばかり触っていて、鞄に入れた本は結局最後まで開かないまま一日が終わる。そんな自分を意志が弱いせいだと責めていた人に向けて書かれた新書が、2024年に30万部を超えるベストセラーになった。
三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、“読めなくなった自分”の弱さではなく、労働と読書の歴史のねじれを問う一冊です。
三宅香帆さんという人
著者の三宅香帆さんは1994年生まれ、高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科の博士前期課程を修了し、専門は万葉集という和歌研究者でした。
三宅香帆(みやけかほ) 文芸評論家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。
集英社新書公式サイト 著者プロフィール万葉集という和歌の研究者が、なぜ労働論のベストセラー作家になったのか。その転身の起点は、博士後期課程を中退して2019年にリクルート社へ入社し、Webマーケティングの仕事に就いた経験にあります。
本が何より好きだったはずの自分が、会社員になった途端に一冊も読み切れなくなる。その違和感を手放さずに言葉にし続けたことが、後にこの一冊へとつながっていきます。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という本
この本が扱っているのは、時間管理のハウツーではありません。個人の集中力や意志の話に見えて、実は日本の労働史そのものの話です。
「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。
集英社新書公式サイト 本書紹介文仕事に追われて本が読めなくなるのは、個人の弱さの問題ではない。明治の自己啓発書、昭和のサラリーマン向けベストセラー、平成の自己実現ブームまでを貫く「労働と読書」の力関係そのものが、読書の居場所を奪ってきたのだと三宅さんは説きます。
リモートワークで通勤の隙間時間が減り、就業後もスマホ通知で仕事が追いかけてくる今の働き方は、この本が指摘する構造をむしろ強めている。“忙しいから読めない”で片づける前に、その忙しさの正体を疑う視点を、この本は差し出してくれます。
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
集英社新書公式サイト 目次会社を辞めた理由が「本が読めなかったから」だと言い切れる潔さに、この本の芯が凝縮されています。
“好きなことのために辞める”のではなく“読めなくなった自分を取り戻すために辞める”という順番は、趣味や暮らしを後回しにしがちな働き方に対して、はっきりと異を唱える宣言になっています。
最終章 「全身全霊」をやめませんか
集英社新書公式サイト 目次「全身全霊」をやめようという最終章の呼びかけは、単なる根性論への説教ではなく、明治以降ずっと“全力で働くこと”が美徳とされてきた歴史を踏まえたうえでの、具体的な提案として置かれています。
副業や兼業、時短勤務が珍しくなくなった今の働き方を選ぶ側にとって、“半身”というキーワードは、罪悪感なく力を抜くための言葉として使える一つの補助線になります。
“全身全霊で働けない自分はダメなんじゃないか”と感じたことがあるなら、この本はその感覚を裏付けてくれます。読めなくなったのは意志の弱さではなく働き方の設計の問題だったと知るだけで、本棚の前に座る時間への罪悪感が少し軽くなるはずです。

次回は、“半身で働く”暮らしのなかで何を選び何を手放すか——ものの目利きにも通じる一冊を紹介します。
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