戦争に負けたから堕ちるのではない。人間だから堕ちるのだ、と坂口安吾は書きました。
敗戦からわずか半年後に発表されたこの評論は、当時の日本人が信じていた建前をまるごとひっくり返しています。もの選びや生き方の基準に迷うとき、僕はいまだにこの本に戻ります。
坂口安吾という人
坂口安吾は1906年、新潟に生まれました。太宰治や織田作之助と並ぶ無頼派の作家で、借金と不眠と覚醒剤(ヒロポン)に頼りながら書き続け、1955年、48歳で脳出血に倒れて急逝します。
破天荒という言葉がそのまま似合う生涯でしたが、彼の文章はむしろ逆でした。感情に流されるのではなく、社会の建前を一枚ずつ剥がしていく手つきが異様に冷静なのです。
武士道という武骨千万な法則は人間の弱点に対する防壁がその最大の意味であった。
青空文庫『堕落論』武士道も天皇制も、人間の弱さを隠すために後からこしらえた仕組みにすぎないと安吾は言い切ります。ルールや肩書きが立派に見えるほど、その奥には弱さが隠れている、という逆の見方です。
僕はもの選びでも似た構造を感じます。ブランド名や評判で判断を固めるときほど、自分の本当の好みから遠ざかっている。安吾の目を借りると、何を基準に選んでいるのか、一度自分に聞き直したくなります。
『堕落論』という本
『堕落論』は1946年4月、雑誌「新潮」に発表された評論です。敗戦からまだ半年ほどしか経っていない時期に、天皇制や武士道を「人間の弱さを隠す仕組み」と言い切り、「堕ちよ」と説いたことで、当時の読者に強い衝撃を与えました。
戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。
青空文庫『堕落論』敗戦という大きな理由がなくても、人は人である限り堕ちる、と安吾は突き放します。何かのせいにせず、自分がそうであることをまず認める言い方に、僕は妙な清々しさを感じます。
景気が悪いから、流行っているから、という外側の理由でものを選ぶのをやめて、自分がどう生きたいかを基準に戻す。安吾の文章を読むたびに、そのことを思い出させられます。
そして安吾は、堕落を禁じることでは誰も救われないと続けます。たどり着くのは、よく知られたあの一文です。
生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。
青空文庫『堕落論』堕ちることを避けるのではなく、堕ちることを通ってこそ人間は救われると安吾は書きます。失敗や迷いを隠して整った自分を演じるより、一度ちゃんと崩れてみたほうが、自分に合うものや生き方がはっきり見えてくる。
買い物でも仕事でも、僕は遠回りを避けようとするたびに、この一文を思い出しては、あえて遠回りを選び直しています。
堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。
青空文庫『堕落論』誰かが決めた正しさに頼るのではなく、堕ちる道を自分で堕ちきった先に、自分自身を発見しろ、と安吾は結びます。
この本が80年近く読み継がれているのは、戦後の特殊な状況を越えて、自分の基準を自分で作り直せという一点が、今の暮らしにもそのまま刺さるからだと思います。
坂口安吾が『堕落論』で言いたかったのは、堕落を勧めることではありません。建前を外した自分の本音から出発しろ、ということでした。もの選びも生き方も、誰かが決めた正しさより、自分が本当にどう感じているかを起点にする。それを80年前にここまで乱暴に、かつ正確に言い切った本に、僕は今でも背筋を押されます。

次回の目利きの本棚も、暮らしの基準を鍛える一冊をお届けします。
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