新しい服を買っても、なぜか「いつもの自分」に戻ってしまう。流行のものを着ても、どこかしっくりこない。おしゃれって、結局センスのある人だけのものなのかな——そう思ったこと、ありませんか。
でも、本当におしゃれな人がやっているのは、流行やブランドを追うことではなく、「自分に似合うものを見抜くこと」でした。その見る目の育て方を、ファッションの第一線を歩いた人が綴った本があります。光野桃さんの『おしゃれの視線』。もの選びの目そのものを扱う一冊として、目利きの本棚、二十五冊目に置きます。
光野桃という人
光野桃(みつの・もも)さんは、一九五六年、東京の生まれ。ファッションの世界を、まさに内側から見てきた人です。
キャリアの出発点は、雑誌の編集者でした。女性誌『25ans(ヴァンサンカン)』の創刊スタッフとして、ファッションや美容のページを手がけます。流行の最前線にいた人、というわけです。その後、夫の転勤でイタリア・ミラノへ。そこでの経験が、光野さんを書く人へと変えていきます。流行を作る側にいた人が、ミラノで「おしゃれとは何か」を根本から問い直した——その転換が、この本の核にあります。
『おしゃれの視線』は、どんな本か
『おしゃれの視線』は、一九九五年に婦人画報社から出た、光野さんのデビュー作です(いまは新潮文庫・文春文庫で読めます)。ファッション・エッセイでありながら、扱っているのは服の着こなし術ではなく、もっと深いところ——自分をどう見るか、です。
「着ることは暮らすこと、そして生きることそのもの」。仕事を辞めてミラノへ。そこで出合った女たちは、年齢にかかわらず自分のスタイルを持って輝いていた――。まず、自分を知ること。そこからすべてが始まる。
文春文庫『おしゃれの視線』内容紹介より
版元の紹介文が、この本の芯を言い当てています。ミラノで光野さんが出会ったのは、年齢に関係なく、自分のスタイルを持って輝く女性たちでした。彼女たちは高価なブランドで身を固めていたわけではありません。ただ、自分に似合うものを知っていた。「まず、自分を知ること。そこからすべてが始まる」。おしゃれも、もの選びも、外にある正解を探すのでなく、自分を知ることから始まる——という一点です。
ブランドではなく、「着る側の心」
光野さんがミラノで受けた衝撃を、あるインタビューでこう語っています。
普通のものを普通に着て、こんなに素敵なんだ! ということを目の当たりにしました。
光野桃(暮らしとおしゃれの編集室 インタビューより)
特別なものを着ているのではない。ごく普通の服を、自分のものとして着こなしている。そこにあったのは、ブランドやデザイナーへの憧れではなく、光野さんの言う「着る側の心」でした。主役は服ではなく、それを選んで着る人のほうにある、ということです。
これは、もの選び全般にそのまま当てはまります。私たちはつい、「いいブランドだから」「人気だから」で選んでしまいます。でも本当に様になっている人は、値札やロゴでなく、自分がそれをどう使うかで選んでいる。器でも、道具でも、服でも同じです。選ぶ主役を、ものの側から自分の側へ取り戻すこと。それが「着る側の心」であり、目利きの出発点です。
焦がれ続ける人が、目を持つ
もう一つ、この本の姿勢がよくあらわれた言葉があります。ファッションの第一線を歩いた本人が、自分についてこう言うのです。
私は、ちっともおしゃれなんかじゃない。ただ、おしゃれに焦がれ続けてきただけ。
光野桃(暮らしとおしゃれの編集室 インタビューより)
プロ中のプロが、自分を「おしゃれではない」と言い切る。けれど「焦がれ続けてきた」と続けます。じつは光野さんは、若い頃おしゃれが「絶対に似合わない」と思い込み、大学時代を暗黒時代と呼ぶほどのコンプレックスを抱えていました。だからこそ、憧れ続けた。
目利きも、まったく同じだと思います。生まれつき目のいい人がいるのではなく、いいものに焦がれ、見続けた人が、結果として目を持つ。完成した正解を知っている人ではなく、もっといいものを探し続けている人のほうが、ずっと確かな目をしている。憧れを手放さないことが、見る目を育てるのです。
おしゃれの視線は、目利きの視線
『おしゃれの視線』が教えてくれるのは、おしゃれとは自分を知る作業だ、ということです。流行を追うのでも、高いものを買うのでもなく、自分に何が似合い、自分がどう生きたいかを見つめる。似合うものは、外の正解ではなく、自分の中にある。
これは、この連載がずっと言ってきた目利きと、そっくり重なります。値段や評判で決めず、自分の暮らしに引き寄せて選ぶ。ブランドでなく「着る側の心」で選ぶ。そして、いいものに焦がれ続ける。おしゃれの視線を育てることは、そのまま、もの選びの目を育てることでした。ファッションの本に見えて、これは自分の物差しで暮らしを選ぶすべての人のための一冊です。
次回の「目利きの本棚」は、柳宗悦『民藝とは何か』を予定しています。名もなき職人の手による日用の道具に「用の美」を見出した、ものを見る目の原点を読みます。

本を選ぶ目と、道具を選ぶ目は、地続きです。
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