沢村貞子と聞いて、まず思い浮かぶのは彼女の顔ではなく声かもしれない。映画やテレビドラマに三百本以上出演し、主役を張ることはほとんどなかったのに、画面に映るたびに空気を変えてしまう名脇役だった。その沢村貞子が、女優としての顔とは別に、台所仕事や日々の献立について書いた随筆家としての顔を持っていたと知ると、意外に思う人も多いだろう。僕もそうだった。芝居の世界で鍛えられた眼を持つ人が、味噌汁の実や漬物の按配についてこれほど丁寧に書き残していたことに、まず驚かされる。
沢村貞子という人
沢村貞子は1908年、東京・浅草の生まれ。日本女子大学在学中に新築地劇団へ入り新劇の道に進んだが、左翼演劇運動に加わったことで治安維持法違反により二度逮捕されている。その後日活に入社して映画女優に転じ、東宝を経て戦後はフリーとなった。1950年代には年間20本前後の作品に出演し、『西鶴一代女』『赤線地帯』『お早よう』『駅前』シリーズなど、名だたる作品の脇を固め続けた。1989年に女優業から引退するまで、生涯の出演作は350本を超える。
私生活では、1946年に最初の夫と別れたのち、新聞記者だった大橋恭彦と出会い、長く事実婚の状態を経て1968年に正式に再婚した。生活費のほとんどを沢村貞子が担い、家の中では夫が主のように振る舞う一方で、彼女は細やかな気配りで日々を回していたと伝えられている。1994年に夫が先立ち、その2年後の1996年、沢村貞子も87歳で世を去った。役者として稼いだ金を、贅沢にではなく丁寧な暮らしのために使う人だった、という人物像は、彼女の随筆を読むと繰り返し立ち上がってくる。
エッセイストとしても早くから評価され、1969年に『貝のうた』で随筆家としての仕事を始め、1976年の自伝的随筆『私の浅草』では日本エッセイスト・クラブ賞を受けている。以後も『わたしの台所』『わたしの茶の間』『老いの道づれ』などを次々に発表し、女優業と並行して、暮らしを書く仕事を最後まで続けた人だった。
『わたしの台所』はどんな本か
『わたしの台所』は、もともと雑誌『暮しの手帖』に連載されたエッセイをまとめ、1981年11月に暮しの手帖社から単行本『私の台所』として刊行された。その後1990年に朝日文庫、2006年に光文社文庫(『わたしの台所』表記)として版を重ね、67本の短いエッセイが収められている。献立の記録から、味噌汁の仕立て方、天ぷらの揚げ方、鰹節の削り方、漬物の仕込み、掃除や始末の工夫まで、台所仕事にまつわる話題が中心だが、正月の値打ちや年賀状の書き方、着物との付き合い方など、暮らし全般に話が広がっていく構成になっている。
全体を貫くのは、贅沢とは無縁でありながら、決して貧しさを感じさせない暮らしぶりだ。新しいものに飛びつくのではなく、季節ごとの決まりごとを丁寧に繰り返す。派手さのない献立を、毎日きちんと作り続ける。その反復の中にこそ豊かさがある、という考え方が、67本のどの話にも通底している。
番茶も出花。お茶に大切なのは、のみごろである。……つまり、美味しいものを食べるためには、すべて、ころあいこそが大事
光文社文庫『わたしの台所』紹介文より番茶も出花、とはもともと「どんな女性も年頃になれば美しく見える」を茶にたとえた言い回しだが、沢村貞子はここでそれを字義通りの意味に引き戻している。番茶であっても、淹れたてのいちばんおいしい瞬間がある。その一瞬を逃さずに味わうことのほうが、高価な茶葉を用意することよりもよほど大事だという話だ。
この「ころあい」という感覚は、台所だけの話では終わらない気がする。人との付き合いも、仕事の進め方も、ちょうどいいタイミングを逃すと、同じことをしても味わいが変わってしまう。値の張るものを揃えることより、今この瞬間の状態を見極めて手をかけることのほうが、暮らしを豊かにする力を持っている。沢村貞子が生涯、贅沢な生活を求めず、それでいて質素に見えない暮らしを保てたのは、この「のみごろ」を逃さない感覚を、台所以外の場面でも働かせ続けていたからではないかと思う。

女優が台所に立ち続けた理由
沢村貞子の随筆を読んでいると、彼女がなぜこれほど長く、これほど丁寧に台所仕事を記録し続けたのかが、少しずつわかってくる。女優という仕事は、他人の人生を演じる仕事だ。撮影が終われば役から離れ、日常に戻らなければならない。その日常の軸になっていたのが、毎日必ず立つ台所だったのだろう。派手な世界で生きながら、家に帰れば献立を考え、味噌汁の実を選ぶ。そのくり返しが、彼女自身を彼女自身につなぎとめていたように見える。『わたしの台所』を読み終えて残るのは、レシピの知識ではなく、日々をきちんと繰り返すことそのものが、ひとつの生き方になり得るという実感だ。
次回は、同じく女優でありながら筆一本で高い評価を得た随筆家、高峰秀子の『わたしの渡世日記』を取り上げる。銀幕の裏側で紡がれた、もうひとつの言葉の記録に触れてみたい。

