「センスは、才能じゃない」——松浦弥太郎『価値あるもの』に学ぶ、“選ぶ目”の育て方

「センスは、生まれつきの才能じゃない」。松浦弥太郎さんは、そう言い切ります。よいものを選べる人は、特別な感覚を持って生まれたわけではなく、買って、間違えて、また選んで——を数えきれないほど繰り返して、自分の目を鍛えてきた人だ、と。

二〇二五年十一月に出た新刊『価値あるもの 衣・食・住・旅』は、衣・食・住・旅の四十の話を通して「自分は何に価値を置くのか」を書いた一冊です。抽象論ではなく、手ざわりのある具体的な話が続きます。僕がいちばん唸ったのは、松浦さんのもの選びの“基準”でした。

目次

松浦弥太郎さんという人物

松浦弥太郎さん。一九六五年、東京生まれ。高校を中退し十八歳で渡米、帰国後に古書の世界へ入ります。二〇〇二年、中目黒に古書店COW BOOKSを開店。二〇〇六年から二〇一五年まで雑誌『暮しの手帖』の編集長をつとめ、その後は暮らしのウェブメディアの立ち上げにも関わりました。いまも文筆家・書店主として、もの選びと日々の暮らしについて書き続けています。著書は百冊を超えます。

「501に合うか」で選ぶ——基準をひとつ持つ

松浦さんは、自分の“軸になる一着”を先に決めています。リーバイスの定番デニム、501。そして服も、時計も、靴も、すべて「それに合うか」で選ぶ。

服を選ぶ時、その“501”に合うシャツは何か。合うジャケットは何か。合う腕時計は何か。合う靴は何か。合うバッグは何かと考えてみる。要するに、「それは“501”に合うのか? 合わないのか?」という基準でもの選びをする。

松浦弥太郎『価値あるもの 衣・食・住・旅』(日経BP)

欲しいものを足していくのではなく、基準をひとつ決めて絞る。松浦さんは「いつだって欲しいものはいくらでもあるが、そういう自分だけのルールがあれば、もの選びの迷いや失敗はなくなる」と書きます。何を選ぶかの前に、何を基準にするか。これは今日から真似できる、いちばん実用的な目利きのやり方です。

センスは、才能ではなく修行

「自分にはセンスがないから」。もの選びで、つい口に出る一言です。松浦さんは、それをはっきり否定します。

センスのよい人とは、生まれつき特別な感覚を持っている人ではなく、選んで買うという、ある種の修行を繰り返し、自分の目と心を磨き続けている人だと思う。

松浦弥太郎『価値あるもの 衣・食・住・旅』(日経BP)「買い物で磨かれるセンス」

センスは、生まれつきではない。買って、間違えて、また選ぶ。その反復が目を作る、と言い切っています。才能の話にすると、そこで終わってしまう。でも修行の話なら、今日から始められます。この連載で「目利き」と呼んでいるものの正体も、たぶんこれです。

買い物は、未来の自分を育てる

買い物という体験は、決して浪費ではなく消費でもなく、自分という未来の資産を育てる行為だと。

松浦弥太郎『価値あるもの 衣・食・住・旅』(日経BP)「はじめに」

買い物を「使って減るもの」ではなく「自分に積み上がるもの」として捉え直す。選ぶ経験そのものが、自分の目と価値観を作っていく。値段やブランドで選んだ買い物は残らないけれど、基準を持って選んだ一つは、その後の選び方まで変えていきます。

「よく見て、向かっていけ」

最後に、松浦さんが座右の銘にしている言葉を。これは松浦さん自身の言葉ではなく、少年野球をしていたころ、お父さんからかけられた言葉だそうです。

ボールを怖がるな。よく見て、向かっていけば怖くはなくなる。

松浦弥太郎の父の言葉(松浦弥太郎『価値あるもの 衣・食・住・旅』所収・松浦さんの座右の銘)

「大人になった今、仕事をしながら、この言葉をよく思い出す。座右の銘になっている」と松浦さんは書きます。“よく見て”は、そのまま目利きに重なります。怖いのは、たいてい、よく見ていないから。もの選びも、仕事も、まずは目を凝らして、向かっていく。

松浦弥太郎『価値あるもの 衣・食・住・旅』(日経BP)
『暮しの手帖』元編集長・松浦弥太郎さんが、衣・食・住・旅の四十の場面で「何に価値を置いて選ぶか」を書いた二〇二五年の新刊。もの選びの基準を持ちたい人に、いちばん近い一冊です。

松浦弥太郎『価値あるもの 衣・食・住・旅』日経BP 書影

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次回の「目利きの本棚」も、いま読める本や読み継がれてきた名著から、もの選びと暮らしのヒントになる一冊を紹介します。

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