台所には、火と水と刃物がある。幸田文『台所帖』が教える暮らしの背筋

包丁を握るとき、蛇口をひねるとき、火をつけるとき——台所は、家のなかでいちばん危なくて、いちばん真剣な場所です。作家・幸田文の随筆をまとめた『台所帖』は、その台所という日常の現場から、暮らしの背筋の伸ばし方を教えてくれます。名文家が一生かけて磨いた、台所の知恵と心意気の一冊です。

目次

幸田文という人

幸田文は、明治の終わりに東京で生まれました。父は『五重塔』で知られる文豪・幸田露伴。幼くして母を亡くした文は、父から掃除・洗濯・炊事・裁縫まで、暮らしの所作のいっさいを厳しく仕込まれて育ちます。理屈ではなく、手と体で覚えさせる教育でした。

露伴の死後、その思い出や日々の暮らしを綴った文章が高く評価され、文は五十代から本格的に作家の道を歩みます。彼女の随筆は、掃除や台所仕事といった地味な題材を、驚くほど精緻で身体的な言葉で描く。読むと、自分の手つきや姿勢まで正されるような心地がします。

『台所帖』は、どんな本か

『台所帖』は、幸田文が台所と食べものについて書いた文章を、娘の青木玉がまとめた随筆集です。父・露伴に鍛えられた家庭料理のしあわせ、道具や素材との向き合い方、そして「台所が人を育ててくれる」という一貫したまなざしが流れています。派手なレシピ本ではありません。けれど、台所に立つことの意味を、これほど深く教えてくれる本はそうありません。

台所には、火と水と刃物がある

文がまだ幼い頃、台所でのふるまいを父・露伴にきびしく叱られた場面があります。

「台所をなんと見ているか、と叱られたことがあります。台所には火と水と刃物がある。家中さがしても、火水刃物が揃って置いてあるのは台所だけ、台所ではもう少し緊張した態度、憚(はばか)りある気持ちが必要だろう」

幸田文『台所帖』(平凡社)/父・露伴の言葉

火も水も刃物も、扱いを誤れば人を傷つけるもの。それが一か所に揃うのが台所です。毎日の場所だからこそ、つい気を抜いてしまう。けれど本来は、いちばん緊張して向き合うべき現場なのだ、と。台所に限らず、慣れた日常こそ丁寧に——と背筋を正される言葉です。

水は、恐ろしい

露伴の教えは、水についても容赦がありませんでした。

「水は恐ろしいものだから、根性のぬるいやつには水は使えない」

幸田文「水」(随筆)/父・露伴の言葉

蛇口をひねれば当たり前に出てくる水。けれど、その水を本当に使いこなすには覚悟がいる——。大げさに聞こえて、台所に立つとふしぎと分かります。ぞんざいに扱えば、水は跳ね、こぼれ、仕事を濁らせる。日々の当たり前を、当たり前と思わないこと。もの・道具との向き合い方にも、そのまま通じます。

癖を、いたわる

厳しい父の教えを受け継ぎながら、幸田文自身の言葉は、もっとやわらかく温かいものでした。料理の素材がもつ「癖」について、こう書いています。

「癖を憎み、嫌ったのでは滋味という結論はでてきません。癖を惜しみ、いたわり、介抱してやった上で」

幸田文『台所帖』(平凡社)

素材のもつ癖——えぐみや硬さや、かたより。それを嫌って取り除くのではなく、惜しみ、いたわり、介抱してやる。そうしてはじめて、深い味=滋味が生まれる。これは料理だけの話ではありません。人でも、道具でも、癖のあるものほど、付き合い方しだいで豊かになる。幸田文のまなざしの、いちばん優しいところが出た一節です。

読むと、台所に立つ背筋が伸びる

SNSで流れてくる時短レシピや便利グッズも、暮らしを助けてくれます。けれど『台所帖』を読むと、その手前にある「どんな心持ちで台所に立つか」が、静かに整っていきます。火と水と刃物に、少しだけ気を張って向き合う。素材の癖を、いたわってやる。次に台所に立つとき、その所作が、いつもより丁寧になっているはずです。

幸田文『台所帖』(平凡社)
文豪・露伴に仕込まれた台所の心得と、幸田文自身のやわらかな知恵。台所という日常の現場から、暮らしの背筋を教えてくれる随筆集です。

幸田文『台所帖』平凡社 書影

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