短くて、忘れられない。——糸井重里『ボールのようなことば。』に学ぶ、“ことばの目利き”

「おいしい生活。」——どこかで目にしたことがある人も多いはずです。この一行をつくったのが、糸井重里さん。長い説明ではなく、短いひとことで人の気分を動かしてきた、日本を代表するコピーライターです。『ボールのようなことば。』は、そんな糸井さんの短い言葉だけを集めた一冊。SNSで短く書くのが当たり前になった今こそ、いちばん近くにある“ことばの教科書”です。

目次

糸井重里さんという人物

糸井重里さんは、一九七〇〜八〇年代に数々の名コピーを生み出したコピーライターです。一九九八年には「ほぼ日刊イトイ新聞」を創刊し、ことば・暮らし・仕事をめぐる発信を続けてきました。手帳やタオル、食にまで広がる「ほぼ日」のものづくりは、まさに“暮らしの目利き”。その根っこにあるのが、彼の短い言葉です。この本には、そんな言葉が一八九編おさめられています(装画は漫画家の松本大洋さん)。

もの選びの目線を、一段上げた一行

糸井さんの名を決定づけた、西武百貨店の広告コピーです。

おいしい生活。

糸井重里(西武百貨店 広告コピー・一九八二年)

ものを「安いから」「便利だから」買う時代に、暮らしそのものを“おいしく”選ぼう、と言ってのけました。値段ではなく、どう生きるか。もの選びの目線を一段引き上げた一行です。四十年前のコピーが、丁寧な暮らしがあらためて見直される今も、まったく古びていません。

ものがあふれた時代の、欲望の本質

ほしいものが、ほしいわ。

糸井重里(西武百貨店 広告コピー・一九八八年)

ものは十分にあるのに、何が欲しいのかは分からない。そんな気分を、たった一行で言い当てました。ものがあふれ、選ぶことのほうが難しくなった今の私たちにこそ、まっすぐ刺さります。買い足すより、本当に欲しいものを見きわめる。その姿勢は、名品を選ぶ目とそのまま重なります。

やさしさが、いちばん先にくる

糸井さんが率いる「ほぼ日」が、会社の行動指針として掲げている言葉です。

やさしく、つよく、おもしろく。

ほぼ日 行動指針

この順番が大事だ、と糸井さんは言います。まず土台に「やさしく」があり、それを実現するための「つよく」があり、その上に新しさとしての「おもしろく」が乗る。仕事のやり方にも、日々の暮らしにも、そのまま置きかえられる“生き方の順番”です。何を大切にするかを、順番で示しているのが効いています。

夢は、見るだけでは動かない

「ほぼ日」の社是には、こんな言葉が掲げられています。

夢に手足を。

ほぼ日 社是

夢は、見ているだけでは動きません。そこに、実行する力と、かたちにする創造力を足していく。願うことと、進めること。その両方を、たった六文字で言い切っています。何かを始めたいとき、そっと背中を押してくれる言葉です。

短い言葉は、軽くない

短い言葉は、中身が薄いわけではありません。むしろ、削って削って最後に残った一行だからこそ、遠くまで届きます。『ボールのようなことば。』には、そんな糸井さんの言葉が一八九編。長い文章が苦手でも、一日ひとつ、気になった言葉を読むだけでいい。SNSで短く伝えるのが当たり前になった私たちに、いちばん近い“ことばの目利き”の教科書です。

糸井重里『ボールのようなことば。』(ほぼ日文庫)
コピーライター・糸井重里さんの短い言葉を一八九編集めたベスト盤。松本大洋さんの装画も美しい、手のひらサイズの一冊です。長文が苦手な人にも、ことばの選び方を学びたい人にもおすすめできます。

糸井重里『ボールのようなことば。』ほぼ日文庫 書影

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次回の「目利きの本棚」も、ジャンルを問わず読み継がれてきた名著や、今の言葉で読める一冊を紹介していきます。

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