広告のない雑誌をつくった人——花森安治『一銭五厘の旗』と『暮しの手帖』

広告が一枚も載っていない雑誌。しかも、家電や日用品を実名で挙げて、使い倒したうえで正直に評価する。そんな雑誌が、発行部数100万部近くまで伸びた時代がありました。『暮しの手帖』です。

その雑誌を、表紙の絵から中身の文章まで、ほとんど一人で作り続けた人がいます。初代編集長の花森安治(はなもり・やすじ)。おかっぱ頭で知られた、伝説の編集者です。今日はその人を、目利きの本棚に置きます。

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花森安治という人

花森安治は、一九一一年、神戸の生まれ。東京帝国大学で美学と美術史を学び、絵も文章も書ける人でした。

ただ、その経歴には影もあります。戦争中、花森は大政翼賛会の宣伝部で、国の戦時広告に携わりました。言葉やデザインの力が、人を戦争へ駆り立てるために使われた。その悔いが、戦後の花森を突き動かします。二度と暮らしを戦争に奪われないために、ふつうの人の生活の側に立つ雑誌をつくる——それが『暮しの手帖』の出発点でした。一九四八年、大橋鎭子(おおはし・しずこ)とともに創刊し、以後三十年、編集長を務めます。

広告を、載せない

『暮しの手帖』の最大の特徴は、三十年間いっさい広告を載せなかったことです。理由は二つ。一つは、表紙から裏表紙まで全部のページを自分の手の中に握っていたかったから。もう一つは、広告を載せればスポンサーの圧力がかかり、それは絶対に困るから。

その代わりに始めたのが、有名な「商品テスト」でした。電気製品でも靴下でも、編集部員が家庭で使うのと同じように、何度もくり返し使い倒す。そして実名を挙げて、良いものは良い、だめなものはだめと書く。メーカーの接待は受けない。買う人の側に、まっすぐ立った雑誌でした。

一人で、全部つくった

花森のすごさは、その仕事の幅にあります。表紙の絵も、手書きのロゴも、レイアウトも、写真の配置も、取材も執筆も校正も、ぜんぶ自分でやる。創刊号から亡くなるまで、百五十冊を超える表紙のすべてが、花森の絵と文字です。表紙画は個室にこもって描き、仕上がるまで誰にも見せなかったといいます。

一号から百号まで、どの号も、ぼく自身も取材し、写真をとり、原稿を書き、レイアウトをやり、カットを画き、校正をしてきたこと、それが編集者としてのぼくの、なによりの生き甲斐であり、よろこびであり、誇りである。

花森安治「編集者の手帖」(『暮しの手帖』第1世紀100号)

この一言に、花森という人が全部入っています。人に任せず、自分の手で、隅々まで。だからこそ、雑誌のどのページにも同じ体温が通っていました。

ぼくは、死ぬ瞬間まで〈編集者〉でありたい。

花森安治(暮しの手帖社)

一銭五厘の旗

花森の代表作に『一銭五厘の旗』という本があります。題は、二等兵だった頃、軍曹に言われた言葉から来ています。「貴様らの代りは、一銭五厘で来る」。当時のハガキ一枚の値段です。国のために、庶民の命はハガキ一枚で取り替えがきく——そういう扱いを受けた。

戦後二十五年たっても、権力者の都合で名もない人が犠牲になる構図は変わっていない。花森はそう考え、暮しの手帖社の屋上に、端布をつなぎ合わせた旗を掲げました。豪華な旗ではない。ぼろ布を縫い合わせた、暮らしの旗です。名もない一人ひとりの生活こそが、いちばん大切なのだと。この本は、一九七二年に読売文学賞を受けています。

暮らしを、まっすぐ見た人

花森安治がやったことは、つきつめれば一つです。ふつうの人の暮らしを、まっすぐ大切にすること。広告に頼らず、使う人の側に立って、ものを正直に見た。おかっぱ頭で表紙を描き、旗を掲げ、三十年間ずっと、生活の味方でいようとした人でした。

スマホでいくらでも情報が手に入る今も、『暮しの手帖』と花森安治の仕事は、古びていません。むしろ、誰かの宣伝ではなく、自分の暮らしを自分の目で見ることの気持ちよさを、あらためて思い出します。いい雑誌をつくった、いい人がいた。まずはそれだけで、手に取る価値のある一冊です。

次回の「目利きの本棚」は、花森安治とともに『暮しの手帖』を創刊した、大橋鎭子を予定しています。雑誌を三十年支えた、もう一人の主人公を読みます。

花森安治『一銭五厘の旗』(暮しの手帖社)

花森安治『一銭五厘の旗』(暮しの手帖社) 書影

『暮しの手帖』初代編集長・花森安治が、自らの言葉で暮らしと社会を綴った自選集。庶民の側に立ち続けた編集者の正義感があふれる、読売文学賞受賞の一冊です。
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