「ふつう」がいちばん、強い——深澤直人『デザインの輪郭』

「ふつうがいちばんいい」と、あのデザイナーは言った

家電量販店で新しいものを選ぶとき、僕はいつも同じ迷いにぶつかる。目立つ機能、はっきりした個性、置くだけで部屋の主役になるかたち。そういうものに一度は惹かれるのに、家に持って帰ると数ヶ月で飽きてしまう。逆に、これといって主張のない「ふつう」の道具ほど、何年も手が伸び続ける。この感覚に理屈を与えてくれたのが、深澤直人の『デザインの輪郭』だった。

無印良品の家電やマルニ木工の椅子を手がけた、日本を代表するプロダクトデザイナー。世界を舞台に活躍したその人が、遠回りの末にたどり着いた答えが「ふつうがいい」だと知ったとき、僕のもの選びの軸が一本通った気がした。

目次

深澤直人という人

深澤直人は山梨に生まれ、多摩美術大学を出たあと、アメリカのデザインコンサルティング会社IDEOで腕を磨いた人だ。帰国後は無印良品のアドバイザリーボードを務め、家電ブランド「±0(プラスマイナスゼロ)」を立ち上げ、マルニ木工の椅子「HIROSHIMA」を世に出した。名前を知らなくても、彼のデザインした道具は、多くの家に一つは紛れ込んでいる。

彼を象徴するのが、無印良品の「壁掛式CDプレーヤー」だ。見た目は換気扇そっくりで、ぶら下がった紐を引っぱると、風の代わりに音楽が流れ出す。人が無意識にやっている動作——紐を引く——に、そのまま音楽を結びつけた。考えて操作するのではなく、思わず手が動く。この「WITHOUT THOUGHT(思わず)」という発想が、彼のデザインの核にある。

だから彼のつくるものには、これ見よがしの新しさがない。むしろ「前からこうだった」と錯覚するくらい、環境になじむ。派手さで売るのではなく、暮らしに溶けることで長く残る。その考え方のすべてが、この一冊に書かれている。

『デザインの輪郭』は、どんな本か

『デザインの輪郭』は、深澤直人が初めて自分の言葉でデザイン観を語ったエッセイ集だ。TOTO出版から2005年に出た。難しい理論書ではなく、インタビューを起こしたような、ぽつぽつとした語り口で進む。専門用語もほとんど出てこない。

タイトルの「輪郭」には、彼の思想が凝縮されている。ものの形は、デザイナーが勝手に決めるのではない。そのものが置かれる環境や、人の使い方が、あるべき形を要求してくる。デザイナーの仕事は、その「ここにあるべき姿」の輪郭をなぞることだ——彼はそう考える。作り手の話に見えて、じつは「僕たちが何を選び、どう使うか」の話でもある。だからこの本は、もの選びの本として読める。

「ふつうがいい」に行き着くまで

世界を代表するデザイナーが、遠回りの末にたどり着いた答えが「ふつう」だった。奇抜さでも独創でもなく、椅子は椅子らしく、コップはコップらしくあること。目立つものを作らねばという圧から、あるとき彼は吹っ切れる。その実感が、この本の中心にある。

これはそのまま、もの選びの指針になる。SNSで話題の変わった形の家電より、十年前から売り場にある定番のほうが、暮らしになじんで長持ちする。「ふつう」は無難の言い換えではない。何度も選び直された末に残った、いちばん強いかたちだ。だから僕は選ぶとき、「これは五年後も違和感なく使えるか」を先に問うようになった。

「見せるため」に選んでいないか

僕のデザインもそうですよ。デザインを見せるためにつくっていたから。

深澤直人『デザインの輪郭』(TOTO出版)より

これは過去の自分への正直な反省だ。かつては「かっこいい」と言われるための、見せるためのデザインをしていた、と彼は認める。作り手ですら、他人の目のためにものを作ってしまう時期がある、という告白だ。

買う側の僕たちも、まったく同じ罠にはまる。人に見せたときの反応を想像して、暮らしに要らないものを選ぶ。ブランドのロゴ、話題性、「持っていると一目置かれそう」という期待。でも来客がそれを見るのは一瞬で、そのものと毎日向き合うのは自分だ。見せるためではなく、自分が使うために選ぶ。それだけで、部屋に残るものの質は変わる。

良いものが「良い」と感じる理由

なぜ、あるものは触れた瞬間に「ちょうどいい」と感じるのか。深澤はそれを「張り」と呼ぶ。風船を膨らませたときのように、内側から満ちた力が表面にぴんと出ている状態。強すぎず、足りなくもない、適正な充実。それが美しさの正体だという。

生物が環境の「選択圧」で無駄をそぎ落として今の形になったように、長く使われる道具も、たくさんの人の手を通って余計なものが削れていく。だから選ぶとき、僕は形のディテールより先に、握ったときの手応え——重さ、厚み、口当たり——が「張って」いるかを確かめる。理屈より前に指が「ちょうどいい」と言うものは、たいてい長く付き合える。

「短命なもの」を、家に増やさない

深澤は、流行を追って次々に作られては捨てられていくデザインを、どこかで憂えている。作り手が込めた思いが、消費のスピードに飲まれて使い捨てられていく——その空しさを、彼はこの本で率直に書いている。

買う側にとっては、そのまま「買い物の速度を落とす」理由になる。安くて話題で、一シーズンで飽きるものを何個も買うより、少し高くても長く付き合えるものを一つ選ぶ。込められた仕事に応えるいちばんの方法は、長く使い続けることだ。ものを大事にするというのは、精神論ではなく、作り手の時間を無駄にしないという実利でもある。

選ぶ手が、少し変わる

この本を読んでから、売り場での僕の手つきが変わった。派手なほうへ伸びかけた手を止めて、「これはふつうか」「見せるためじゃないか」「握って張りがあるか」「長く使えるか」を順に問う。四つとも通ったものだけ、かごに入れる。

深澤直人が生涯かけて削り出した「ふつう」という答えは、デザイナーだけのものじゃない。ものを選んで暮らす、僕たち全員の指針になる。次に何かを買うとき、彼の目を借りるだけで、判断はずいぶん揺るがなくなる。

次回の目利きの本棚は、同じくプロダクトデザインの巨匠・柳宗理のエッセイ集を予定しています。スケッチより先に手を動かしてかたちを探した——「手で考える」という、もう一人の巨匠の仕事論を読みます。

深澤直人『デザインの輪郭』(TOTO出版)
深澤直人『デザインの輪郭』(TOTO出版) 書影
深澤直人『デザインの輪郭』(TOTO出版)。無印良品や±0を手がけた日本を代表するプロダクトデザイナーが、初めて自分の言葉でデザイン観を語ったエッセイ集。「ふつう」「張り」「選択圧」——もの選びの軸になる言葉が詰まった一冊。
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