部屋でも、文章でも、料理でも。私たちはつい「足す」ほうへ向かいます。もう一つ飾りを、もう一言説明を、もう一品おかずを。足すのは簡単で、しかも「やった感」が残るからです。
けれど、本当に効くのはたいてい逆で、何かを一つ引いたときです。引き算は、足し算よりずっと難しい。どこを残してどこを消すか、自分の中に判断の基準がないとできないからです。——その「引く」ことの達人が、白という一色だけを頼りに書いた本があります。デザイナー・原研哉さんの『白』。目利きの本棚、二十三冊目に置きます。
原研哉という人
原研哉(はら・けんや)さんは、一九五八年、岡山県の生まれ。日本を代表するグラフィックデザイナーであり、デザインの総合的な仕事を束ねる日本デザインセンターの代表を務めています。武蔵野美術大学の教授でもあり、二〇二四年には紫綬褒章を受けました。
名前を知らなくても、原さんの仕事は誰もがどこかで目にしています。一九九八年の長野冬季オリンピックの開・閉会式プログラム、そして何より、無印良品のアートディレクション。あの「地平線だけを写した広告」や、余白の多い、ものが呼吸するような売り場の空気を作ってきた人です。『デザインのデザイン』をはじめ、ものを見て考えるための本も数多く書いてきました。作る人であると同時に、「なぜそれが良いのか」を言葉にできる、数少ない書き手でもあります。
『白』は、どんな本か
『白』は、二〇〇八年に中央公論新社から出た本です。タイトルのとおり、扱うのはただ一色、白。けれどこれは配色やデザインの実用書ではありません。白という色を手がかりに、日本人がずっと大切にしてきた美意識の正体を掘り下げていく、根の深い一冊です。
日本文化の繊細さと簡潔さを生み出し、支える美意識の原点――白。それは、色であって色を超えたものではないか?
『白』中央公論新社・内容紹介より
版元の紹介文が、この本の射程をよく言い当てています。原さんにとって白は、単なる「明るい色」ではありません。紙の白、余白の白、神社に使われる白。それらに共通する「まだ何も書かれていない」という状態そのものを、原さんは「エンプティネス(空っぽ)」と呼び、日本の美意識の芯に置きます。空っぽは、貧しさではない。むしろ、これから何でも受け止められる豊かさなのだ、と。
白は、色であって色ではない
たとえば日の丸を思い浮かべてください。白い地に、赤い丸が一つ。原さんは本書で、あの旗が悲しみにも、祝いにも、祈りにもなりうることに注目します。白い地が何も主張しないからこそ、見る人の思いをそのまま受け止められる。白は、意味を押しつけない色なのです。
神社の白い紙や、真新しい和紙の白も同じです。汚れていない、まだ手のついていない状態が、清らかさや神聖さとして感じられる。原さんは、白を「色の一つ」としてではなく、「情報が生まれる前の、ゼロの状態」として見ています。だから『白』を読むと、身のまわりの余白や空白が、急に意味を帯びて見えてきます。何もない場所は、手抜きではなく、選び取られた余白なのだと。
演出を足すより、本質に入る
原さんは、あるインタビューで自分の仕事の姿勢をこう語っています。
無駄な演出をせず本質にふっと入っていくことに重きを置いています。
原研哉(amana Insights インタビュー・2018年)
「良く見せる」ための演出を足すのではなく、要らないものを削って、対象そのものにまっすぐ入っていく。無印良品の仕事が、まさにこれです。ブランドのロゴを大きく掲げるでもなく、色や飾りで気を引くでもなく、素材と機能だけを残す。派手さを引いた先に、かえって強い佇まいが立ち上がる。
これは、もの選びにそっくり返ってきます。私たちが「良い」と感じるものは、たいてい何かを足したものではなく、余計を削り切ったものです。装飾を一つ減らす、色数を一つ減らす、説明を一言減らす。その勇気が持てるかどうかで、選ぶものの質は大きく変わります。引き算は、自分の中に「これで足りる」という確信がないとできない。だからこそ、引けている人のものは強いのです。
完成させるのは、受け手のほう
もう一つ、原さんの言葉を引きます。デザイナーとして何を考えてきたか、という問いへの答えです。
いかに受け手の頭の中にイメージを喚起させるかを考えてきました。
原研哉(amana Insights インタビュー・2018年)
作り手がすべてを描き切ってしまうと、見る人の入り込む隙がなくなります。原さんが空っぽを大切にするのは、そこに受け手の想像が流れ込む余地を残すためです。無印良品の企業広告「地平線」に、コピーも商品もほとんど写らないのは、その最たる例でしょう。「なにもない」からこそ、見る人はそこに自分の暮らしを重ねられる。
いいものは、たいてい少しだけ「余白」を残しています。全部を語り尽くさず、使う人が続きを書き足せるようになっている。器なら、料理を盛って初めて完成する。家具なら、置かれた部屋の中で表情が決まる。選ぶときも、「これは自分の暮らしを受け止めてくれる余白があるか」と問うと、ものの見え方が変わります。飾りが完成しきったものより、こちらの生活を映せるもののほうが、長く付き合えるのです。
余白を、こわがらない
『白』が教えてくれるのは、白は「何もない」のではなく「これから何にでもなれる」状態だ、という一点です。空っぽを引き受けられる人だけが、本当に必要なものを見極められる。逆に、不安だからと余白を埋めてしまう人は、いつまでも「足す」から抜け出せません。
目利きというと、良いものを言い当てる目のことだと思われがちです。けれど原さんの本を読むと、それ以上に「引く目」「余白をこわがらない胆力」こそが目利きなのだと分かります。何を選ぶかは、裏を返せば何を選ばないか。私たちの連載がずっと言ってきた「たくさん見て、自分の基準を作る」は、白の側から見れば「余白を残す勇気を持つ」ことでもあったのです。今日、部屋の中で何か一つ引いてみる。その一手が、いちばん確かな目利きの練習になります。
次回の「目利きの本棚」は、河合隼雄『こころの処方箋』を予定しています。臨床心理学の第一人者が、割り切れない人の心とどう付き合うかを、平易な言葉で綴った一冊を読みます。

本を選ぶ目と、道具を選ぶ目は、地続きです。
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