「かんじんなことは、目に見えない」——大人になってから読み返すと、子どもの頃には気づかなかった深さに、はっとさせられる本があります。サン=テグジュペリ『星の王子さま』。世界で最も読まれた物語の一つは、忙しさに追われる私たちに、いちばん大切なことを静かに思い出させてくれます。
サン=テグジュペリという人
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、一九〇〇年にフランスで生まれた作家であり、飛行士でもありました。郵便を運ぶ航空路の草創期に、砂漠や山脈を越えて空を飛び、その体験から『夜間飛行』『人間の土地』といった名作を生みます。そして一九四四年、偵察飛行に飛び立ったまま、地中海の空へ消えました。
『星の王子さま』は、その前年(一九四三年)に世に出た、彼の代表作です。子ども向けの絵本のようでいて、実は“子どもの心を忘れた大人”へ宛てられた物語。飛行士として孤独な空を知る彼だからこそ書けた、やさしくて、少し切ない一冊です。
『星の王子さま』は、どんな物語か
砂漠に飛行機で不時着した「僕」の前に、ある日、小さな男の子が現れます。それは、自分の小さな星を出て、いくつもの星をめぐってきた王子さま。王子さまは、自分の星に残してきた一輪のバラのこと、旅の途中で出会った大人たちのこと、そして地球でキツネと交わした約束のことを、少しずつ語っていきます。
かんじんなことは、目に見えない
この物語でいちばん有名なのが、キツネが王子さまに教える“秘密”です。
「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
サン=テグジュペリ『星の王子さま』(内藤濯訳・岩波文庫)
目に見えるのは、値段や大きさや、便利さ。けれど、本当に大切なもの——愛情や、信頼や、誰かと過ごした時間は、目には映りません。情報や数字ばかりを追いかけていると、いちばん肝心なものを見落としてしまう。“心で見る”という当たり前を、そっと思い出させてくれる言葉です。
おとなは、みんな、はじめは子どもだった
この本の冒頭、献辞にも、忘れがたい一節があります。
「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない」
サン=テグジュペリ『星の王子さま』(内藤濯訳・岩波文庫)
私たちも、かつては子どもでした。星をきれいだと思い、小さなことに夢中になり、損得を考えずに「好き」を「好き」と言えた。大人になるにつれ、その心を少しずつ手放してしまう。でも、それを忘れずにいられたら——暮らしも、もの選びも、もっと素直で豊かになる気がします。
バラを大切にするのは、かけた時間
王子さまが、自分の星のたった一輪のバラを、なぜあんなに大切に思うのか。キツネは、その理由も教えてくれます。それは、王子さまがそのバラのために“費やした時間”があるから。世話をし、水をやり、心をかけた時間の分だけ、そのバラはかけがえのないものになる、というのです。
新しいもの、便利なもの、たくさんのものに囲まれても、なぜか心が満たされない。その答えは、たぶんここにあります。ものは、手に入れた瞬間より、付き合った時間の中で大切になっていく。ひとつのものを、長く、ていねいに——そんな暮らしのヒントが、この小さな童話には詰まっています。
大人にこそ、効く一冊
子どもの頃に読んだ人も、大人になった今こそ読み返してほしい物語です。かんじんなことは、目に見えない。おとなも、はじめは子どもだった。ものは、かけた時間で大切になる。忙しい日々にくたびれたら、この小さな本が、いちばん大切なものの在り処を、そっと指さしてくれます。

次回の「目利きの本棚」も、ジャンルを問わず読み継がれてきた名著を紹介していきます。
本を選ぶ目と、道具を選ぶ目は、地続きです。
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