『日日是好日』は、森下典子さんが二十五歳からお茶を習い続けた二十五年を書いたエッセイです。二〇一八年に樹木希林さん・黒木華さんで映画にもなったので、名前だけ知っている人も多いと思います。就職でつまずき、失恋して、父を見送る。そんな普通の人生の裏で、お茶だけがずっと隣にありました。
大きな悟りの話は出てきません。雨の匂いに気づく、去年と同じ時期に同じ菓子を食べる、器の手触りが季節で変わる。書いてあるのはそんな小さいことばかりです。でも読み終わると、自分の毎日の解像度が一段上がっている。「今ここを、五感で味わう」を教わるのに、僕はこの一冊以上の本を知りません。目利きの本棚の十七冊目に置きます。
森下典子さんという人物
森下典子さん。一九五六年、神奈川県横浜市生まれのエッセイストです。日本女子大学文学部国文学科卒。『週刊朝日』の名物コラム「デキゴトロジー」の取材記者を経て、祇園で舞妓を体験取材した『典奴どすえ』でデビューしました。二十五歳から続けた茶道をつづった『日日是好日』は累計六十八万部を超え、二〇一八年に映画化。続編に『好日日記』『好日絵巻』などがあります。
「すぐにはわからないもの」を、何度も見る
本のいちばん最初に、こう書かれています。
世の中には、『すぐわかるもの』と、『すぐにはわからないもの』の2種類がある。すぐわかるものは、一度通り過ぎればそれでいい。けれど、すぐにわからないものは、フェリーニの『道』のように、何度か行ったり来たりするうちに、後になって少しずつじわじわとわかりだし、「別もの」に変わっていく。
森下典子『日日是好日』(新潮文庫)まえがき
良いものは、一度見ただけでは分からない。同じ器や同じ手仕事に何度も向き合ううちに、去年は素通りした良さが、やっと分かってくる。目利きは、一発で本物を見抜く才能というより、この“くり返して分かる”の蓄積だと思います。この本自体が、二十五年くり返して分かっていく記録になっています。
「たくさんの本物を見ること」
この本の章タイトルには、目利きの核がそのまま並んでいます。第四章は「見て感じること」、第五章は「たくさんの『本物』を見ること」。
理屈で覚える前に、いい本物をたくさん見る。見て、感じる。数を見た目だけが、あとで“違い”を分けます。もの選びも同じで、いい器を選べる人は、それまでに数えきれないほどの器を見て、触ってきた人です。近道はなくて、いい実物をたくさん浴びるしかない。
「雨の日は雨を聴くこと」
第十三章のタイトルは「雨の日は雨を聴くこと」。第七章は「五感で自然とつながること」です。
天気を、良い日・悪い日で仕分けしない。雨なら雨の音を、暑さなら暑さそのものを受け取る。選ぶという行為も本来これで、値段や口コミで足切りする前に、目の前のものを五感でちゃんと受け取る。器を選ぶのも、写真や説明ではなく、手に取ったときの重さや手触りで決まります。
長い目で、今を生きる
最終章のタイトルは「長い目で今を生きること」。二十五年、同じお茶をくり返す中で森下さんが掴んだのは、これでした。
速く買って速く捨てるのが当たり前になった今こそ、逆の構えが効きます。同じものを何度も見て、五感で味わって、長い目で選ぶ。目利きというのは、たぶんこの積み重ねの別名です。お茶を知らなくても、この本の見方は、明日の買い物からそのまま使えます。

次回の「目利きの本棚」も、いま読める本や読み継がれてきた名著から、もの選びと暮らしのヒントになる一冊を紹介します。
本を選ぶ目と、道具を選ぶ目は、地続きです。
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